古代エジプトでは壺から飲んだ
古代エジプトのビールは、現在の透明なビールより濁りや沈殿物が多い飲み物でした。大きな陶器から直接飲む際には、葦や陶製のストローが使われたと考えられています。
ストローは沈殿物を避けるだけでなく、一つの容器を複数人で囲むための道具でもありました。器の形は、酒が個人の飲み物ではなく、共同体の食事や労働配給に組み込まれていたことを示します。
ギリシャのワインは水で割った
古代ギリシャのシンポシオンは、酒を飲みながら会話や音楽を楽しむ宴でした。大型のクラテルでワインと水を混ぜ、キュリクスなどの杯へ注ぎ分けました。
現代の感覚では薄めるのが不思議に見えますが、酔いの進み方を調整し、宴の秩序を保つ意味がありました。誰が混合比を決め、誰に注ぐかも、その場の社会関係を映します。
酒器は輸送と保存の道具でもある
アンフォラのような壺は、ワインや油を船で運ぶために使われました。形、粘土、刻印を調べると産地や交易路を推定できます。酒器は美術品であると同時に、古代物流の記録です。
木樽、ガラス瓶、コルクが普及すると、酒は大きな容器から量り売りする品だけでなく、産地や銘柄を保ったまま届ける商品へ変わっていきました。
日本の盃が表したもの
日本では神前の酒、宴席の献杯、婚礼の三三九度など、盃を交わす行為が節目の儀礼に使われてきました。酒を飲むこと以上に、同じ場を共有し関係を確かめることが重視されます。
徳利、銚子、片口、ぐい呑みなど器が細かく分かれるのも、燗をつけ、注ぎ合い、少量ずつ飲む文化と関係しています。

